博士論文概要

論文題目:高精度高速形状変形計測法の研究

藤垣元治

研究の目的

 本研究では,三次元物体の非接触形状計測の高精度化および高速化を行うための新しい 手法を開発する.高精度化としては,従来の手法では一般に無視されてきたレンズ収差に よるゆがみの影響をなくす手法を開発する.高速化としては,実時間でナノメータオー ダーの微小な変形から数メートル程度の物体の形状および変形の分布を計測するシステム を開発する.そのために,連続的に位相シフトされた格子画像から位相値を高速に求める ことができる新たな位相シフト法を開発する.

研究の背景

 三次元物体の形状を非接触で計測する技術は,製造業だけではなく土木,医療,情報通 信,衣料などさまざまな分野からその高精度化と高速化が求められている.  形状計測手法としては,計測対象物の持つ特徴だけを用いる受動型計測と計測対象物に 格子パターンなどを投影してそのパターンの持つ特徴を用いる能動型計測がある.能動型 計測のひとつに格子投影法があり,格子の位相を解析することにより高精度な形状計測を 行うことができる.また,高速化も容易である.  高精度に空間座標を算出するためには,位相を精度よく求めることと,キャリブレー ションを精度よく行うことの2点が重要である.従来からキャリブレーションを行う手法 として,実測するのではなく,カメラで撮影した画像からカメラとプロジェクタのレンズ 中心座標を算出する手法などが考案されている.また,レンズ収差によるゆがみの影響を 小さくするために,補正式を用いて空間座標計算を行う手法も開発されているが,完全に 影響をなくすことはできていない.  高速に形状計測を行うためには,空間座標の計算に要する時間を省く工夫が必要とな る.モアレトポグラフィの手法を用いて等高線画像を得,その等高線の位相を求めること ができれば,空間座標の計算をすることなしに物体の高さ分布画像(距離画像)を得るこ とができ,高速な形状計測が可能となる.従来からモアレトポグラフィの手法を利用して 高さ分布画像を実時間で出力する研究が行われているが,特殊なセンサーが必要であった り,装置が複雑であったり,分解能が低いなどの問題がある.

研究の内容

 図1に本研究の流れを図式化したものを示す. 図1   形状計測の高精度化として,新たにレンズ収差による歪みの影響のない形状計測手法を 提案する.この原理を確認し,さらに高精度化・全自動化を行い100mm程度のサイズの物体 の場合,マイクロメートルオーダーの精度で形状計測が可能な形状計測システムの開発を めざす.まず,原理について述べ,その原理の有効性を実験により確認する.次に誤差要 因とその対策について検討する.基準面に液晶ディスプレイを用いることと基準面を複数 枚化する手法を提案し,さらなる高精度化をめざす.最後に本手法の適用例として板金加 工製品の平面度計測と曲面を持つ金属部品,ニホンオオカミの頭蓋骨模型の形状計測結果 を示す.また,回転物体に適用する手法について試みた結果を示す.  形状変形計測の高速化として,高さ分布と変位分布を実時間で求める方法を提案する. まず,モアレトポグラフィの手法を用いて実時間で等高線および等変位線を表示するシス テムを開発する.次に,等高線および等変位線を位相表示する手法を開発して高精度化を 行う.その手法のひとつとして,連続的に位相シフトされた格子のCCDの各画素における光 の強度の時間変化を1フレームの撮影時間だけ時間積分することによって得られた輝度値 から位相値を求める積分型位相シフト法を新たに提案する.これを用いて,ナノメートル からマイクロメートルオーダーの微小変形計測,マイクロメートルからミリメートルオー ダーの物体の形状変形計測,ミリメートルからメートルオーダーの物体の形状変形計測を それぞれ実時間で行う手法および装置を開発し,実際に計測実験を行うことで有効性を示 す.計測実験としては,具体的には次のことを行う.トワイマン・グリーン干渉計による 干渉縞位相解析に適用することによって,マイクロマシン技術で作成された物体のナノ メータオーダーの変形分布を計測する.マイクロメートルオーダーの高さを持つ物体の形 状や微小な変形を干渉縞投影を用いて計測する.格子投影法によりメートルからミリメー トルオーダーの高さを持つ人体などの物体の高さを計測する.  研究の成果として,形状計測の高精度化では,提案手法によりマイクロメートルオー ダーの精度の形状計測が行うことが可能であることが確認できた.形状変形計測の高速化 では,実時間で物体の形状および変形を求めるシステムを開発することができた.

今後の課題と発展

 形状計測の高精度化では,格子投影においてマイクロメートルオーダーの形状計測をめ ざしたが,現状での精度は10マイクロメートルより少しよい程度である.本手法は原理的 には非常に高精度であるが,高精度になると今まで無視できていた機器の温度変化による熱 変形や液晶プロジェクタの画素間のすき間などが問題となってくる.これらの問題を解決す れば,さらに高精度の形状計測が可能となる.また,基準面の位相解析を全自動化すること によって,基準面の枚数を手作業では行えない程多くすることが可能になり,極めて高精度 に形状計測をおこなうことができると期待している.今後はこれらの問題の解決と全自動化 を行い,現状より1桁精度を高め,1マイクロメートルの精度の実現をめざす.  形状変形計測の高速化については,位相接続を行うことによって,連続化された高さ分 布や変位分布を得ることのできる手法をハードウェア化して実時間で行えるようにする. この研究成果を発展させて,ラインセンサを用いた形状計測手法の開発を行っている.ラ インセンサを用いて形状計測や変形計測を高速に行えるようになれば,連続物体の実時間 形状変形計測が可能となる.これは,工場ラインでの鋼板やパイプ,織物,紙,レトルト パック,などのような連続的に生産される加工物の検査などへ適用できる.また,トンネ ルや線路,道路のような巨大構造物の変形計測を高速に行うことが可能となる.  将来は,本研究成果である高精度化手法と高速化手法を融合させることにより高精度か つ高速な形状変形計測システムを構築していく.同時に,これまでの研究で得た成果を実 用化することにも取り組んでいく.

本論文の構成

 本論文は全4章で構成されている.第1章は緒論で,研究の背景として非接触形状計測 のニーズと手法および,位相解析が有効な手段であること,従来の形状計測手法について 述べる.さらに研究の目的と本論文の構成について述べる.  第2章では,形状計測の高精度化として,新たにレンズ収差によるゆがみの影響のない 形状計測手法を開発する.この原理を確認し,さらに高精度化・全自動化を行い100mm程度 のサイズの物体の場合,マイクロメートルオーダーの精度で形状計測が可能なシステムの 開発をめざす.  第3章では,形状変形計測の高速化として,高さ分布を表す等高線と変位分布を表す等 変位線をそれぞれ位相で表現することにより実時間で高さ分布・変位分布を求めるシステ ムを開発する.ミリメートルからメートルオーダーの物体の形状変形計測,マイクロメー トルからミリメートルオーダーの物体の形状変形計測,ナノメートルからマイクロメート ルオーダーの微小変形計測をそれぞれ実時間で行う手法および装置を開発し,実際に計測 することで有効性を示す.  第4章では,本論文の内容を総括して述べる.

その後・・・

2006年,ついに,高精度と高速の両方を実現する手法を実現することができました.
「全空間テーブル化手法(Whole-Space Tabulation Method)」と名付けました.

本手法の利点です.
  1. レンズの歪曲収差によるゆがみの影響を受けずに,精度よく座標値が得られる.
     これによって,異なる方向から複数台のカメラで撮影して得られた座標データを容易に合成することができ,全周囲計測を容易に実現することができる.また,異なる方向から複数のプロジェクタで投影された格子を用いて1台のカメラで撮影した場合,容易に合成が行えるため,影になる部分を少なくすることができる.

  2. 格子のピッチが不等間隔であっても計測が可能である.
     放射状や渦巻き状の格子を回転させながら投影することで形状計測ができるようになる.また,レーザー干渉縞のように等間隔にすることが難しい格子パターンを用いた形状計測が可能になる.さらに,投影像がゆがむレンズ系(例えば魚眼レンズなど)を用いた投影手法を用いても精度よく形状計測が行える.

  3. 格子の輝度分布が余弦波状でなくても計測が可能である.
     矩形波状の格子を焦点ずれさせて余弦波に近い輝度分布を持つ格子にして投影しても精度よく形状計測が行える.また,液晶パネルのように入力値と表示濃度の間に非線形の関係となるようなものを用いて格子投影を行っても精度よく形状計測が行える.

  4. 計算時間がほとんどいらない.
     座標計算が不要なため,高速に計測結果を出力することができる.このため,パソコンを使ったリアルタイム形状計測システムの構築が可能である.

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